書き言葉の歴史

本の歴史を述べる前に、まず書き言葉の歴史を概観する。

1.石版の時代

文字が使われ始めたのがどれほど古いかはよくわからない。紀元前数千年には、既に発達した象形文字があった。そのころ、文字は特定の専門家だけが読み書きできる、「秘技」のようなものだった。現在の電子メディアが、コンピュータなどの機械を介在させないと読み書きできないのと同じように、当時の書き言葉は、書記という特殊なハードウエアと堅く結びついていて、どんな知恵者といえども自ら読み書きするようなものではなかった。この時代、文字は、単なる記録の道具であってコミュニケーションの道具ではなかったので、石や粘土板など移動の困難なものに書かれた。読者は書いた本人と言ってよい。

 

2.紙の時代

次に、文字が知的な特権階級の間で共有される時代がきた。文字を知っていることは教養人として当然のこととなった。というより、むしろ、文字による情報に接することが教養人をその他の人々から区別した。文字は知識を蓄積し、空間的に離れた人に向かって思想を伝える道具と認識されていたので、紙などの薄くて軽いメディアが使われた。書く道具も、墨などの素早く書けるものが発達した。書き手も読み手も同じ知的な特権階級人である。

 

3.印刷の時代

印刷が開発されると、書き言葉は一般大衆へと解放された。といっても、もっぱら読み手としてであり、書き手としては、知識階級の特権的地位は揺るがなかった。ただし、読者が一般へと広がったのは、印刷の普及の結果と言うよりも、読者の広がりが、印刷術を普及させたと言うべきだろう。物語など、楽しみのために読まれるものが増えて、書き言葉は、知識人同士の情報交換という目的の他に、大衆に対する教育という目的も担うようになった。メディアは印刷物、商品として取り引きされるようになった。

 

4.大量印刷から電子メディアへ

現代では、書き言葉の書き手は、一般大衆へと広がりつつある、従来の印刷メディアは、木版から活版へ、さらに平版へと進歩した。これによって、大量の印刷物が、安価に早く作られるようになった。電子メディアが登場し、書き言葉を公表するコストは限りなくゼロに近づいた。新しいメディアは、知識階級の特権的地位を揺るがすが、大衆は知識階級のフィルターによって選択されない、情報の洪水にさらされることになった。

公表された情報が、他の大量の情報に埋もれることを防ぎ、読者の側からは情報の洪水から必要な情報を探し出すために、現代では「編集」という作業が重要である。現代の知識階級の仕事としては、情報の分類や、解説といった広い意味での「編集」が大きな比重を占める。ただし、編集は作業が終わると同時に「編集されたもの」は他の様々な情報と同じように、風化して行く。